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NY在住女性監督が見つめる、世界の分断とその先の未来

つつましい給料で世界屈指の現代アート作品を集めた夫婦を描く「ハーブ&ドロシー」の佐々木芽生(めぐみ)監督が、6年の制作期間をかけて、半世紀以上続く「捕鯨論争」に新たな光を当てる。

紀伊半島南端に近い、和歌山県太地町。追い込み漁を糾弾した映画『ザ・コーヴ』がアカデミー賞を受賞して以来、この小さな漁師町は世界的論争に巻き込まれた。「くじらの町」として400年の歴史を持つ「誇り」は、シーシェパードを中心とした世界中の活動家たちから集中非難の的となる。ヒートアップする対立が沸点に達しようという2010年秋、佐々木は太地町を訪れる・・・。

そこでは、マスメディアが報じてきた二項対立 -捕鯨を守りたい日本人とそれを許さない外国人 - という単純な図式ではなく、カメラは賛否に縛られない多種多様な意見を捉えていく。 歴史・宗教・イデオロギー、自分と相容れない他者との共存は果たして可能なのか?今まさに、世界が直面している「ダイバーシティの危機」を克服するヒントがこの映画にはある。嫌いなヒトをスッキリ排除しますか?それとも、一緒に生きていきますか?

監督からのコメント

なぜ日本は、クジラやイルカのことで世界の非難を浴びるのか?その答えを探すために何年も太地に通っていたら、今私たちが、世界が抱えている多くの問題にぶち当たりました。そして知れば知るほど、自分がいかに知らないかに悩みました。問題は、捕鯨やイルカ漁に賛成か、反対かではないのです。特定の動物を巡って、なぜ私たちは対立し、憎しみ合うのか。今世界で起きていること、みなさんの人生に起きていること、どうすれば私たちは分かり合えるのか。そのヒントをこの映画から見つけて貰えれば嬉しいです。

登場人物

  • リック・オバリー

    イルカの元調教師/保護活動家

    「イルカだけを特別扱いしているわけではない。たまたま私がイルカと特別な関係があるだけ。なぜなら、『わんぱくフリッパー』という人気テレビシリーズでイルカの娯楽産業を築いてしまったから」

    『ザ・コーヴ』への出演で広く知られるリックは、60年代のテレビシリーズ『わんぱくフリッパー』に出演した5匹のイルカを捕獲、調教し、イルカブームを牽引した立役者である。そのことに長年、罪悪感をを抱いてきた。そこで『ドルフィン・プロジェクト』を立ち上げ、囚われたイルカを解放するために、世界各地を回って抗議活動をしている。

  • スコット・ウエスト

    シーシェパード代表

    「太地は生きたイルカを捕獲し、娯楽産業に売る最大手。世界の水族館やイルカと泳ぐプログラムの多くはここで捕獲される。ここでイルカ漁や屠殺を止めれば、日本全国、そして世界中でやめさせられるかも知れない」 

    シーシェパードのリーダー、ポール・ワトソンの指示ですべての生活を捨てて観光ビザで太地町にやって来た。父親に付き添うように滞在する娘のエローラはブログを更新し、イルカ虐殺問題について高校のレポートにまとめるつもりである。目的は、この町のイルカ漁を監視し、世界にその実態を知らしめることだ。

  • ジェイ・アラバスター

    ジャーナリスト・元AP通信記者

    「太地の漁師は好んでこの議論の的になったわけではない。自分の仕事をしていただけなのにこの問題の渦中に引き込まれた。彼らの目には、外国人はみな怒っていて悪事の現場を撮影しようと狙ってるように見える」

    AP通信の日本特派員だったジェイは、『ザ・コーブ』をきっかけに太地町を取材するよう本社から命じられた。田舎町への海外取材はいつもなら地元の歓迎を受けるものだ。しかし、彼を待っていたのは警戒心に満ちた地元漁師や住民の反応であった・・・。

  • 中平敦

    日本世直し会会長

    「最初はシーシェパードが来たからびっくりしたのよ。『なんだよ、あいつは?』って思ったけど、今は違うね。考え方は違うけど尊敬してる。スコットはエブリデイ、毎日いるでしょう、三ヶ月ビザで。なんでディスカッションしないの? 話し合いすればいいのよ」 

    地元住民と外国人活動家の緊張感が高まる中で、片言の英語で対話をしようとしているのは、中平だけだった。中平は毎日、街宣車で英語で呼びかけて回る。「もしイルカ・クジラ漁を中止したいなら、和歌山県知事と話し合いをすべきです。わたしが和歌山県庁に案内します」

  • 太地町の捕鯨漁師たち

    「牛や豚殺すとこ、オープンですか? 生き物の屠殺シーンを隠して何が悪い? 普通、そうやって人目にさらすものじゃないでしょ?そういうことで金儲けしている外人の方が、よっぽど生き物に対して失礼やと思います」

    捕殺現場を隠すのは自分たちがやっていることを恥じているのだという、シーシェパードや反捕鯨側の非難の声に対して、太地町漁業共同組合の〆谷豊は語る。

    脊古博文一家は、親・兄弟・息子共々、鯨漁で生きてきた家族だ。今さら違う道で生きろと言われても自分にはこれしかないのだ、と語る。

  • 三軒一高

    太地町町長

    「我々の町は日本の本州の最南近くに位置して、交通の便の非常に悪いところですよね。水も少なく野菜もとれない、米もできない、非常に住民が暮らしにくい。生きなければならないがために、鯨に400年以上も前に挑んだ町です」

    日本は戦後食糧難の時代をGHQの許可の下、牛肉の代わりに鯨肉を食べることで飢えをしのいできた。だからこそ、戦後を生きた人々の中には鯨に命を助けられたという感謝の念を持っている者が多いのだという。

CONTRIBUTION

森達也

映画監督/作家/明治大学特任教授

最初に書くが、イルカ漁をめぐる騒動の発端となった「ザ・コーヴ」は大好きな作品だ。エンターティメントとしても優れているし、イルカを無用に殺していることを日本人にも知ってほしいとの趣旨にも共感した。

この映画について多くの日本人は、「一方的に太地町の漁師を悪者にしている」「盗み撮りは許されない」「プロパガンダ映画である」などと批判する。だから「おクジラさま」について書く前に、(この3つの指摘について言及する紙幅はないが)すべての表現はプロパガンダであるということだけは言明しておきたい。自分の思いを動画や音声や文字や写真に託す。メッセージを込める。意図を配置する。すべて表現行為の本質だ。僕の過去の作品も、自分の思いのプロパガンダである。もしも批判されるのなら、そのプロパガンダの手法が稚拙であるときと、プロパガンダされた思想や心情に同意できないとき、そしてプロパガンダの主体が自分ではなく、他の誰かや組織の主張や利益を代弁している場合だろう。

ならば「おクジラさま」には、佐々木芽生監督のどんな思いが込められているのか。それをここに書くことは困難だし意味がない。それは映画を観たあなたが感じること。映画はそうした媒体だ。だから以下に書くことは、この映画を観るうえでのひとつの補助線として読んでほしい。

この映画には様々な視線が幾重にも折り重ねられる。その縦糸になるのは、アメリカ人ジャーナリストの視線だ。そして横糸になるのが、彼と親交を深める太地町の漁師たちや過激な運動を続けるシーシェパードの活動家たち、突然現れて仲介を図る右翼活動家(彼の存在はとにかくチャーミングだ)、苦悩する行政の職員たちだ。

太地町の記事を書くために多くの人に会い、多くの場所に行くアメリカ人ジャーナリストの視線は、すなわち佐々木芽生監督の視線でもある。なぜ日本人の多くは捕鯨に賛成するのかと彼に質問されて、女性エコロジー活動家は「外国人にクジラは可愛いから殺すなって言われるから(ムキになって)自分は食べないけど、捕鯨に賛成するのよ」と答える。ある意味でこの問題の本質だ。

日本におけるクジラ・イルカ漁の問題は、尖閣や拉致問題と同様にナショナリズムの問題になっている。だからこそ政治は硬直する。収支が合わないとして民間企業がとっくに手を引いた南氷洋捕鯨に固執する。そしてこのとき、クジラやイルカの肉が本当に必要なのかとか消費されているのかとか文化なのかとかの議論は意味を持たない。
硬直に抗するためには、多様な視点を知ることが必要だ。日本では悪の権化のように描写されていたシーシェパードの活動家の意外な側面。世界へ発信するべきだと諭されて考え込む漁師の姿。信念を貫き通すリック・オバリー。そして終盤では、アメリカに帰ることを決意するアメリカ人ジャーナリスト。

様々な視点と視線が幾重にも折り重ねられながら、映画は観る側を新たな視点へと導く。もちろんそれは、長期間にわたって太地町に滞在し、多くの人たちの声を聴き続けた佐々木芽生監督の思いでもある。

森達也 プロフィール1980年代前半からテレビ・ディレクターとして、主に報道とドキュメンタリーのジャンルで活動する。1998年にドキュメンタリー映画『A』を公開。ベルリンなど世界各国の国際映画祭に招待され、高い評価を得る。2001年、続編『A2』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞する。同時期に執筆も始める。2011年に『A3』(集英社)が講談社ノンフィクション賞を受賞。2012年にはドキュメンタリー映画『311』を発表。2016年には新作映画『Fake』を発表。

Director

佐々木 芽生(ささき めぐみ)

監督・プロデューサー

北海道札幌市生まれ。1987年よりニューヨーク在住。フリーのジャーナリストを経て1992年NHKアメリカ総局勤務。『おはよう日本』にてニューヨーク経済情報キャスター、世界各国から身近な話題を伝える『ワールド・ナウ』NY担当レポーター。その後独立して、NHKスペシャル、クローズアップ現代、TBS報道特集など、テレビの報道番組の取材、制作に携わる。

2008年、初の監督作品『ハーブ & ドロシー 』を完成。世界30を越える映画祭に正式招待され、米シルバードックス、ハンプトンズ国際映画祭などで、最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞など多数受賞。NY、東京の劇場でロング・ランを記録した他、全米60都市、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどで公開される。2013年、続編にあたる『ハーブ&ドロシー2~ふたりからの贈りもの』完成、発表。第一作目とともに、現在も世界各国の劇場、美術館、アートフェアで上映が続いている。

2014年NHK WORLD にて、日本の美術を紹介する英語番組 ART TIME-TRAVELERナビゲーター。2016年秋、第3作目にあたる長編ドキュメンタリー映画「おクジラさま~ふたつの正義の物語」完成。本作は2015年TOKYO DOCSにて最優秀企画賞受賞、2016年釜山国際映画祭コンペティション部門に正式招待された他、世界各地で上映中。日本では、2017年9月から全国で劇場公開。